• S.Ninomiya

パリ旅行記 その6/ノートルダム寺院・パンテオン・マドレーヌ寺院


近代建築が続いたので、「パリ旅行記 その6」はふたたび歴史的建築物へ。


パリの街を見下ろすグロテスク(フリー画像サイトから転載)

ノートルダム大聖堂

まずはパリ発祥の地、シテ島に建つノートルダム大聖堂。1163年頃から着工し、最終的に1250年に竣工したノートルダム大聖堂は、ヴィクトル・ユーゴーの小説『ノートルダム・ド・パリ』(「ノートルダムのせむし男」)や、コマーシャル写真などでパリの街を見守っているかのようなグロテスクやガーゴイルで有名ですね。


正面ファサード(西側)。手前は入館する為に並ぶ人たちの行列。訪れたのは16:00頃でしたがこの行列。でも、割とサクサク進むので30分くらいで入館できました。


内部空間。当たり前ですが、典型的なゴシック様式。


有名なバラ窓。


ノートルダム大聖堂建設過程の推移を示した展示。


ノートルダム大聖堂建設過程の推移を示したポスター。特徴的なツインタワーは最初からでなかった事が分かります。

そういえば東京都庁が竣工したときに、設計者である故 丹下健三さんがノートルダム大聖堂のツインタワーを意識したとかなんとか言ってる記事を読んだ記憶がありますが、定かではありません。。。。


聖堂内部に展示されていた模型。建築学生達が群がっていて撮影の為のポジション取りに必死。


聖堂を支えるフライング・バットレスと呼ばれる構造体が特徴的。


北側ファサード。小さいですがガーゴイルが見えます。因みに雨水を排水する為の機能を与えられているのをガーゴイルと呼び、排水機能がないのがグロテスクと呼ぶそうです。


ガーゴイル。


裏側(東側)ファサード。個人的には正面よりもこの裏側が好き。シリンダーとそれを支えるフライング・バットレスが特徴的。渋谷にある○ィズニーグッズを売る建築は、このノートルダム大聖堂の丸パクリだという事が良く分かります。


セーヌ川からみたノートルダム大聖堂。

屋上にのぼってグロテスクやガーゴイルを間近でみたかったのですが、屋上に登るには2時間待ちとの事。時間の関係もあるのだ泣く泣く断念。


ノートルダム大聖堂を離れ、次はパンテオンに向かいます。これはその道すがらの風景。パリは角という角にこんな感じで外に開いた店が点在しています。

パンテオン


ノートルダム大聖堂から歩く事15分、パンテオンが見えてきました!

パンテオンとは日本語で「万神殿」と訳されます。だから、教会ではなく神殿なのですね。ローマにもパンテオンがありますが、ローマのは128年の竣工、パリのパンテオンは1792年の竣工なのでその差は1664年…かなり新しいと言えます。


正面ファサード。ローマのパンテオンも立派でしたが、パリのパンテオンもローマ以上に立派です。


内部空間。内部はローマのパンテオンよりもかなり豪華。


天井の見上げ。


ハイサイドライト(高窓)により、光に満ちた内部空間。

RICHO TEHTA S で撮影した360°全天球画像はここをクリック

「パンテオン(パリ)編」

パリのパンテオンはローマのパンテオンに比べ立派で豪華なのだけど、個人的には一つだけ設けられた天窓からの光だけが空間を支配しているローマのパンテオンの方が良かったです。豪華さならヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂の方が遥かに豪華だし…まぁ、そもそも比較するのが間違いなのですが。ちょっと消化不良なパンテオン訪問となったのでありました。

日付けは変わって、次はマドレーヌ寺院を訪れます。

マドレーヌ寺院


マドレーヌ寺院。これは裏側。

マドレーヌ寺院はマグダラのマリアを守護聖人とするカトリック教会で、ブルボン朝末期(1830年頃)に建設が始まり、途中フランス革命で中断、その後工事が再開され1842年に竣工した建築物です。


RICHO TEHTA S で撮影した360°全天球画像はここをクリック

「マドレーヌ寺院編」

見てのとおり、外観はもろにギリシャのパルテノン神殿です。

パルテノン神殿というと紀元前431年頃の竣工なので、2000年も前の建築物と同じ外観の建築物を造った事になります。。。。

日本から欧州の石造りの古い建築物を見るとき、その古さの度合いはあまり考慮せず、一緒くたに、ただ「昔に建てられた建築」とひとくくりでみてしまいがちなのですが、ギリシャのパルテノン神殿とこのマドレーヌ寺院との間に2000年もの隔たりがあると知ると、ちょっと違和感を覚えます。

マドレーヌ寺院は「古代ギリシア・古代ローマの神殿を模したネオ・クラシック様式(新古典主義建築)」という様式。

デザインには流行があるので、その流行が2000年後のパリに戻ってきたのか、はたまた昔のデザインは今のデザインよりもはるかに息が長く、2000年もの間その潮流が続いていたのか、はたまたギリシャ建築へのオマージュがそうさせたのか…勉強不足で良く分かりません。

それでも、当時のフランス人が2000年も前のギリシャ人が作った建築をパリの地で模倣したという事実には変わりないわけで、そこに違和感と不可解さを感じた訪問でした。


マドレーヌ寺院からコンコルド広場越しにのぞむ国会議事堂。国会議事堂もパルテノン神殿風。

「パリ旅行記 その7」につづく。

・「パリ旅行記 その0」

・「パリ旅行記 その1/ルーヴル美術館」

・「パリ旅行記 その2/エッフェル塔」

・「パリ旅行記 その3/サヴォア邸1」

・「パリ旅行記 その4/サヴォア邸2」

・「パリ旅行記 その5/ラ・ロッシュ・ジャン・ヌレ邸」

・「パリ旅行記 その6/ノートルダム大聖堂・パンテオン・マドレーヌ寺院」

・「パリ旅行記 その7/ヴェルサイユ宮殿・サクレクール寺院」

・「パリ旅行記 その8/ポンピドゥーセンター・グランダルシュ・フォンダシオンルイヴィトン・ケブランリー美術館」

・「パリ旅行記 その9/ルイ・カレ邸1」

・「パリ旅行記 その10/ルイ・カレ邸2」

・「パリ旅行記 その11/オペラ座」

・「パリ旅行記 その12/グルメ編」

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