「上海旅行記 その3」はくしくも先日他界された英国の建築家ザハ・ハディド設計の「上海SOHO」。ザハさんは日本の新国立競技場コンペで最初の採用案になった建築家としても有名ですね。

「上海SOHO」
そんなザハさんが上海で設計したのが「上海SOHO」です。「上海SOHO」はオフィスとショッピングモールからなる巨大な複合施設で、ザハお得意の曲線だらけで構成された建築。

ガイド兼通訳の陳さんによると、近くに新幹線の駅があるらしく、それを意識して外観のデザインを列車のようにしたとの事です。
とにかく巨大な建築に加え、ザハ特有のグニャグニャしたデザイン(平面も)なので、初めて訪れた僕たちはいったい何処にいるのかの把握に難儀しました。




中国の建築といえば、施工レベルの低いイメージがあるのですが、この「上海SOHO」や前回のBLOGでご紹介した安藤忠雄さん設計の「上海保利大劇場(上海オペラハウス)」 をみると、かなり高い施工技術をもっているように思いました。
建築に限らずクオリティーが低いように認識されている中国製品ですが、今回の建築視察で中国人もやれば出来る事がわかりました。また、それをやらない、或いは、それをやれない状況や環境さえ改善されれば、中国でのモノづくりのクオリティーは確保できるのだと実感しました。
■ザハさんについて
さて、冒頭でもふれましたがザハさんは2016年3月31日に他界されました。死因は心臓発作。65歳だったそうです。
僕ら世代の建築家にとってザハさんといえば、なんといっても「香港ピーク」設計競技(1983年)での一等案。まるで建築には見えないそのドローイングは、あまりにも衝撃的でした。

ザハさんによる「香港ピーク」設計競技の一等案。あらためてみると、ザハさんの特徴である曲線は見受けられずスピード感のある直線による構成。
ザハさんは「香港ピーク」設計競技で一等になったものの、結局事業者が倒産した為に計画倒れとなり実現しませんでした。この頃から「アンビルドの女王」と言われ始めたのですが、現在では建てまくっていて「アンビルドの女王」の称号は過去のものです。
ザハさんが「アンビルド」から抜け出せたのは、コンピューターの進歩に依るところが大きいと思いますが、そのイマジネーションの源はコンピューターとは無縁のように思います。
ザハさんは幼いころ父親に連れられて訪れたシュメール文明の遺跡を観て建築に目覚めたと言います。ザハさんのイマジネーションの根源は、コンピューターに代表されるデジタルにその拠り所があるのではなく、超アナログな人間の深層心理の奥底にこそ、そのイマジネーションの源があるのだと思います。

近作となるアゼルバイジャンに建つ「ヘイダル・アリエフ・センター」(DEZEENより)。

「ヘイダル・アリエフ・センター」内部(DEZEENより)。あまりにも美しい空間。

ザハ・ハディドさんのご冥福をお祈りいたします。