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| 2006/7/24 「CGの功罪」 |
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先日、京都大学高松研究室の「SIMPLICITY」という展覧会を観てきました。学生の作品とはいえ非常にレベルが高く、興味深い作品も盛りだくさん。流石に京大生の考える事は違うなぁと感心してしまいました。しかしですねえ、近年非常に気になっている違和感が、やっぱりココでも沸きあがって来たのでありました。それはプレゼンテ−ションがCG(コンピュ−タ−グラフィック)主体となっていて、建築の為の展覧会がなんだかグラフィックの展覧会のようになってしまっている事。ま、元々建築の展覧会といっても原寸大の建築そのものを展示する展覧会など困難なわけで、模型やモックアップなどの3次元ものと合わせて、図面や写真などの2次元素材の展示が主流というのがパタ−ンではあります。それに(手描きの)パ−スという手法も古くからあるわけで、そのパ−スをCGに置き換えただけと思えば良いのですが、それでもなんだか釈然としない。勿論CGに批判的なのではなく、CGでしか出来ないような表現や利便性もあるわけで、僕もお仕事でスタディ−やプレゼンでは頻繁に使います。なのに違和感を覚える・・・何故か?それは多分、あまりにもCGの精度が高くなっている事に起因するのではないか?と思うのです。つまり、提案されている内容のレベルとCGのレベルが同一であれば違和感を持たないのだけれど、明らかにCGのレベルが上回っている場合、CGによって提案の稚拙さを誤魔化されているような感覚を覚え、それが「違和感」の要因なのではないかと思うわけです。しかしですねェ、情報伝達手段として捉えた場合のCGは非常に有効だし、「プレゼンテ−ション」をする場合CGは外せない要素なのは間違いないわけで、ましてやそれを習得するにはお金も時間も必要。そして、折角習得したCGは自分の提案の稚拙さを露呈する諸刃の刃となりうるのだとすれば、提案もより高度なものを要求される。ハァ、今時の学生さんは大変ですなぁ・・・と実感した展覧会でありました。
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代表:二宮
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